fsx378’s memo

単なるメモ書きです。軍事、特に空がメイン。軍事からちょっと離れたものもあります。 ※古い記事のリンクも紛れ込むことがあります。※記事が消えている場合はURLが移動しています。ブログ下のブログ内検索をご利用ください。

イスラム

イスラム国(ISIS)は別ページ

 

 

http://blog.ohtan.net/archives/52216549.html

太田述正コラム#7194(2014.9.21) <中東イスラム文明の成立(その5)

アラブの春なる一連の革命の原因については、一般に下掲のように言われています。 (中略) 
全て、その通りではあるものの、それでは、一体、その目的は何だったのでしょうか。  上掲の英語ウィキペディアにも日本語ウィキペディアにも明確な言及はありません。  恐らくは、民主主義の実現が目的であることが当然視されているのでしょう。  しかし、私見では、その目的は、イスラム教的統治、すなわち、イスラム国ないしイスラム帝国の復活だったのであり、民主主義の実現それ自体は目的ではなかったのです。  イスラム教的統治の実現のためには、普通選挙、それが叶えられない場合は、武力(軍隊の一部または全部を味方につける場合を含む)、或いはこの二つの組み合わせ、を(できうれば一回こっきりの)手段とするわけであり、その限りにおいて、革命の過程において、普通選挙、すなわち、民主主義を標榜することがあった、ということなのです。  それは、革命が成就した事例の中から、アラブの春の先鞭をつけたチュニジア、及び、中東アラブ世界で最大の人口を誇るエジプトで何が起こったかを思い出せば、明らかでしょう。”

 

 

太田述正コラム#7206(2014.9.27) <中東イスラム文明の成立(その11)>(2015.1.12公開)
http://blog.ohtan.net/archives/52216890.html
"そうである以上、カタールとトルコが、ハマス、すなわちイスラム同胞会を支援している、ということは、カタールのTV局のアルジャジーラ等を通した改革イメージの投影やトルコの公正発展党イスラム教隠しや依然EU加盟希望を撤回していないこと等を通した自由民主主義イメージの投影は、どちらもイスラム同胞会政権国としての雌伏期間における擬態に過ぎない、と解すべきことになりそうです。  だとすれば、両国にとって、Isisは、最終目標を共有するもののその最終目標に性急に到達しようとしている点が異なるだけの、「同志」たる「国」に他ならないはずです。  また、そうだとすれば、「2014年9月11日、ヨルダン、エジプト、トルコ、<サウディ>アラビア、UAEオマーンクウェートバーレーンカタール・・・が、・・・<米国>の軍事作戦に協力することを約束した」(前出)と言っても、(エジプトはイスラム同胞会政権から反イスラム同胞会政権に変わっているので当然ですが、)カタールとトルコに関しては、これもまた擬態であって、まともに米国に協力する気などない、と見るべきでしょう。  実際、本日(9月27日日本時間朝)の時点で、米国、フランスと共に、対Isis空爆に加わっているのは、このうちの、サウジアラビアUAEバーレーン、ヨルダンの4か国だけであって、クウェートはさておき、カタールもトルコも加わっていません。 http://www.afpbb.com/articles/-/3027227"

 

 

太田述正コラム#7212(2014.9.30) <中東イスラム文明の成立(その14)>(2015.1.15公開)
http://blog.ohtan.net/archives/52217071.html

" とまれ、Isisこそ、ムハンマドの遺志、つまりは、神(アラー)の思し召し、に最も忠実に、イスラム帝国を再構築し、それを伸張しようとしている存在であるところ、それが、いくら内部的に創世期の論理でもって羈束されているとはいえ、イスラム帝国の再構築と伸張など迷惑以外の何物でもない、我々非イスラム教徒として、このIsisの挑戦に、一体、どう対処したらよいのでしょうか。  これについては、対症療法だけで対処しきれるものではありません。

 それどころか、対症療法だけでは、「聖戦」に馳せ参じるイスラム教徒の数を増やすだけであり、Isis的なものの肥大化をむしろ助長してしまいます。  そこで、まず第一に、イスラム教そのものが有害なのであって、その無害化(改革)などできない、という認識をできるだけ多くの人が持つことです。  その上で、脱イスラム教化のために、我々は戦略を練るべきだ、と思うのです。 "
" 何度も指摘しているように、真正イスラム教徒は、周辺の非真正イスラム教徒を巻き込みながら、最真正にして最過激なイスラム教徒へと移行して行く必然性があるのであり、実際、パキスタンは、国全体が最真正にして最過激なイスラム国家、つまりは失敗国家、への道を歩んできた。  パキスタンが、国名を「パキスタン・イスラム共和国」とし、また、憲法イスラム国家としている限りは、その失敗国家からの脱却など、およそ不可能なのだ。

 (国名に「イスラム」が入っていなかった時期が1947~56年、1962~73年。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3   他方、1956年の最初の憲法以来、憲法イスラム国家であることが謳われ続けており、基本的には、憲法イスラム色は深まるばかりで現在に至っている。 http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/kias/1st_period/contents/pdf/kb3_1/28sunaga.pdf)"

 

 

太田述正コラム#7214(2014.10.1) <中東イスラム文明の成立(その15)>(2015.1.16公開)
http://blog.ohtan.net/archives/52217136.html
サウジアラビアカタールクウェートの現状

 

 

昨日の注目すべき記事の摘訳 2015.1.23
http://sorceress.raindrop.jp/blog/2015/01/#001453
" ストラテジーペイジの2015-1-22記事「The Religion Of Peace Defines Peace Differently」。
 イスラム教徒たちがよく、イスラムは「平和の宗教」だという。嘘である。
 過去20年以上も、世界のテロ殺人の95%は、イスラミック・テロリストによって起こされている。
 複数の調査が示すところ、全世界のモスレム人口15億人のうち12%が、イスラミック・テロリズムを支持している。すなわち2億人近くだ。
 西側世界内で大きなイスラミックテロが起きたと報道されると、その都度、世界のイスラム教優勢国内では、人々がそれをおおっぴらに祝賀しているが、それも尤もなわけである。
 2001年9月11日のテロの直後、イスラム教が優勢である諸国の政府は、一様に明白な非難の声明を出した。が、当時、それらの国に滞在していた西側の人士は皆、目撃している。イスラム教徒の住民たちが、ニュースを聞いて慶んでいたことを。  

イスラミック・テロリズムが最も多く殺しているのは、じつは、同じモスレムである。"(略)

 

 

太田述正コラム#7434(2015.1.19) <欧州におけるイスラム教徒問題>(2015.5.6公開)
http://blog.ohtan.net/archives/52223853.html

 

 

 ロシア機墜落に整備士関与か 2016.1.29
http://jp.reuters.com/article/idJP2016012901002386

 

 

サディク・カーン氏が就任宣誓、イスラム教徒初のロンドン市長 2016.5
http://www.afpbb.com/articles/-/3086324