読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

fsx378’s memo

単なるメモ書きです。軍事、特に空がメイン。軍事からちょっと離れたものもあります。 ※古い記事のリンクも紛れ込むことがあります。※記事が消えている場合はURLが移動しています。ブログ下のブログ内検索をご利用ください。

官僚組織

外務省

太田述正コラム#7252(2014.10.20)
<2014.10.18東京オフ会次第(続々)>(2015.2.4公開)
http://blog.ohtan.net/archives/52218379.html
”A:太田さんは外務省にも批判的だが・・。
O:日本の外務省批判についても、さんざんやってきているので繰り返さないが、一般的に言って、現在の外交官制度は、もはや時代遅れだ。
 在外公館の意義は、世界が小さくなり通信環境も整備された現在、著しく低下している。
 連絡事務所的なものや情報/諜報拠点的なものは必要だが、大使以下の外交官に高給をはずみ、大使等を豪邸に住まわせ、彼らに贅を尽くしたパーティーやディナーを高頻度で公費でやらせる必要などなくなっている。
 こんなものは、中世や近世の欧州の宮廷外交の悪しき名残りにほかならない。
 外務省に入った人間は、若くして在外勤務になった途端、現地の同国人社会に君臨するところの、外交団の一員となって、高給と公費でもって贅沢な生活を送るが、それを当たり前だと思い、スポイルされて行く。
 (日本の場合で言えば、小和田恆加藤良三が典型的な例だ。)
 余りに居心地がいいせいか、日本の場合、代々外交官というケースがやたら多い。
 (当時駐英大使館筆頭参事官だったかの前駐米大使の藤崎一郎氏の自宅に、私は、英国留学中に招かれたことがあるが、「私は美術品収集が趣味でして」と美術品陳列キャビネを指さされたのにはたまげてしまった。彼、決して悪い人間ではないのだが・・。)”

 

海外でトラブルがあったら「アメリカ大使館へ逃げ込め」という話 - Togetterまとめ http://togetter.com/li/778350
※これも「日本の高級官僚は仕事をしない」の一例か

 

 

 

太田述正コラム#7433(2015.1.19) <皆さんとディスカッション(続x2512)>
http://blog.ohtan.net/archives/52217342.html
” 井上:天皇大権は、それぞれの大権が対等です。例えば、統帥大権も外交大権も同じ重みで天皇に直結している。司馬遼太郎史観に基づくオールマイティーな統帥大権像が一人歩きしているけれども、別に統帥大権だけが突出して大きかったのではありません。だから、ある1つの決定を軍部がしようとした時に、それに外務大臣が不服だったら辞任すれ ばいいのです。外相が辞任すると、閣内不一致でその内閣は崩壊する。軍部が望んだ決定も崩れてしまうことになります。  例えば、日米開戦の時に東郷茂徳外相が辞任していれば、少なくともすぐには開戦を決定できなかった。・・・

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20150109/276012/?n_cid=nbpnbo_mlp

ところが、戦後、戦争開始/敗戦責任を、外務省は軍部に全て押し付けたってわけだ。(太田)”

 

大震災の在ネパール日本大使館 乳児の避難拒否疑惑が浮上2015.5.8
http://snn.getnews.jp/archives/647271

 

 

NSC 

amazonで新刊『こんなに弱い中国人民解放軍』を注文しよう! 2015.2.15
http://sorceress.raindrop.jp/blog/2015/02/#001462

” 『こんなに弱い中国人民解放軍』の内容は、タイトルのマンマです。
 日本版NSCの仕切りは外務省です。その外務省は米国国務省の御意向伝声管だというのが存在規定です。肉体エリートでもあった岡崎氏が欠けた日本外務省はどういうわけか腰抜け揃いで、しかも不勉強です。彼らは「シナ軍が弱い」ということが理解できない。そのために「受けて立つ」という戦争指導ができないんです。「受けて立つ」ことができなければ、シナ軍のクリーピング・アグレッションは成功します。頼むアメリカには「エア・シー・バトル」という役立たずなドクトリンしかないからです。”

 

 

その他

文民統制の形式と実態 2004.12.26
http://sorceress.raindrop.jp/blog/2004/12/#a000414

” 日本の「文民統制」の真の問題は、官僚が名目手続き上は合法的に、しかし世間常識的には勝手に始めてしまった「施策」を、政治家が、後から止められないことにあります。止められない理由は、公務員の身分が法律で必要以上に保障されていることにあります。国家公務員の課長補佐(軍隊なら省部の中佐?)以上の身分は保障されるべきではないというのが日本現代史の教訓でしょう。
 外務省や文科省の小役人が衆知の国家叛逆的な暴走をして日本を衰亡させようと企てているのに、選挙で全国民から選ばれている内閣がその首謀者を免職できない。これでは戦前の関東軍と同じです。この法律の一大欠陥に目をつけた反日諸勢力は、まず役所に細胞を送り込み、役所によって日本の国権を減殺しようと画策し、ほぼ成功しつつあるのです。
 軍隊の中佐以上の者をいつでも何の理由がなくとも首相の意向だけで免職できるとしたら、文民統制違反なんて起きるはずがないでしょう。逆に、この人事権が首相にないとすれば、内閣は必ず役所に支配される。外国との交渉もできないし、起きた紛争は永遠に終わらず、国庫がムダにどこへともなく消え、競争力と国力は低下します。
 役人は選挙で国民の支持を受ける必要がありませんから、合法的な反国家活動を最も効率的に遂行できる立場に居るのです。その害悪はK通信社の比ではないでしょう。
 「文民統制」というときに忘れてはならないことは、「宗教家も文民じゃない」ってことです。これは自由主義先進国では常識ですが、日本でのみ、なぜかスルーされています。
 いま、日本の内閣には宗教家の代弁人が混じっています。もし日本の国防国策にこの閣僚が口を出すとしたら、それは文民統制に反する事態です。つまりは憲法違反ですね。”

 

 

太田述正コラム#7415(2015.1.10)
http://blog.ohtan.net/archives/52216803.html
”私の在職中の感覚では、パワハラ/セクハラ度は、空>海>陸、だったけど、多分、現在でも変わってないだろう。(その理由は省く。)  このことと直接関係はないが、縄文人意識の弥生化は、日本の軍事機構にとって、戦前、戦後を通じて大きな課題であるところ、戦前と違って私的制裁は払拭されているはずだ。  いずれにせよ、「自衛隊の自殺率<が>一〇万人あたり三五人~四〇人で、省庁のなかで突出して高い」(上掲)のは、国家公務員中、(体格面を除き、)自衛隊員の、精神面等を含むリクルート基準が一番甘い、というか、甘くせざるをえない、ことの論理的帰結であり、それ自体を余り問題視すべきではあるまい。”

 

 

太田述正コラム#7515(2015.3.1) <皆さんとディスカッション(続x2553)>
http://blog.ohtan.net/archives/52220009.html 

 (軍隊の運用に関して音痴の)文官による統制は、自衛隊に一切その本来の任務を遂行させない、という前提のもの。
 本来の任務を遂行させることを考えるのであれば、こんな制度は廃止する以外にない。
 それが証拠に、そんなことをやってるのは世界中で日本だけだ。
 東京新聞のこの記事のようなリクツが、まだ一部においてとはいえ生きているとは、ただただ呆れる以外にない。↓
 「・・・Q 文官統制が廃止されればどうなる。
 A 文民統制の弱体化を招き、制服組が暴走した場合に歯止めが利きにくくなると懸念される。・・・」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015030102000124.html

 

 

ウィッテル氏の新刊『無人暗殺機ドローンの誕生』を一読して 2015.3.7
http://sorceress.raindrop.jp/blog/2015/03/#001467
”余談。自衛隊の文官統制が正式に廃止になった。事情を想像すると、こうだろう。ヴィトーの権利は、外務官僚(米国務省の伝声管)と、自衛隊制服に握られている。中間の防衛省背広は、外務からの注文を安請け合いしては制服に拒否られ、制服からの注文を外務に諮っては拒否られという、さんざんな情けない目に遭ってきたのだろう。だから参事官制度の廃止に部内からは誰も反対しなかったのだろう。”